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2011年1月30日 (日)

失われた時を求めて① 新潮社

 電車に乗っている間ぼんやりした頭で読んだ本の感想をブログに書くなんて、しかもこんな大作についてなんて、恥ずかしくてとてもじゃないけど無理なのだけど、とりあえず読んだ記録として。2011年の正月は奥多摩ハイキングを始め、ランニングも回数を増やし、プルーストまで読み始めたという、私にとっては意欲満々の年明けなのだ。

 そうなのだ。こんな有名なものをまだ読んでいなかったのだ。でも読もうと思って学生のころ買って本棚に入れてあった。そのとき普通に売ってたのはこの新潮社のものだけだったと思うんだけど、18,540円もして(消費税が3パーセントの時代だったのですね)私には高かった。貧乏な私にはすごく思い切った買い物だったのに、それなのになぜか読まずにここまで来てしまった。こんなに長いとなると、読み始めるだけでも気力が必要だし、それに歌を始めてからしばらくは小説を全く読まない時間が続いた。あれから文庫でも出たし最近はもっと新しい翻訳も出たし。でももったいないので昔買った新潮社版で読む。

 「私」の幼年時代の恋はわかるような気もするけど、スワン氏の恋は理解できるようなできないような。でも理屈で説明できないのが恋というものでしょう。と月並みにまとめるくらいが私には関の山か。結婚してからのスワン氏は少しは幸せになったのだろうか、気になる。

 青梅特快が意外と高確率で座れてしまって、すると足元の暖房が気持ちよく眠りを誘うのでなかなか読み進まないのだけど、今後もこの息の長い文章の独特な世界に浸り続けたいと思います。

 いまは何もしないときに頭の中に『サロメ』が鳴り続けているので、無関係であるにもかかわらず、何となくこの文章とサロメの音楽が私の中で結び付いてしまうような気がして、ちょっと気になるけど…。ヴァントゥイユのソナタ、というのは文字だけの世界で、だっていま私の頭の中では"Ich will deinen Mund kuessen Jochanan!"っていう声が、文字通り常に鳴り続けてるんだもん…。頭の中で鳴り続けてる音って、スイッチオフする方法、ないですよね…。あ、ほかの音楽を聴けばいいのかな?でもヴァントゥイユのソナタは聴けないしね…。

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